File7 深海生物研究者 藤原義弘

第2回 深海生物はどうやって深海で暮らせるようになったのか

藤原さんのデスク。奥にはクジラグッズや深海生物グッズも。(写真クリックで拡大)

 ミトコンドリアとは、真核生物の細胞の中に存在する、細胞小器官のひとつだ。ミトコンドリアは独自の遺伝子を持ち、分裂・増殖することができる.
 これは何を示すかというと、ミトコンドリアの祖先と、それを内包する細胞とは、もともとは別の生物だったのに、ミトコンドリアの祖先は、いつのまにか生物の細胞の中に取り込まれたことを意味する。

 どうやって取り込むのかといえば、細胞内共生を経て、だ。

 今や、ミトコンドリアのゲノムサイズは、元々持っていたであろうサイズの100分の1近くにまで縮んでいると考えられている。そして、ミトコンドリアはもはや、生物の細胞の外で、独立しては生きられない。

生物が生物でなくなる瞬間

「今はシロウリガイ類の細胞内部で共生している細菌も、いずれそうなっていくのではないか。我々が見ているのは、細菌がホストである生物にマージされていく過程、進化の過程なのではないか。我々は、そう考えています」

 なるほど、進化の現場ですね。

「そしてその進化の先には、細菌を細胞の一部として完全に取り込み、細胞小器官となった“元細菌”を使って化学合成だけで生きていく動物,すなわち化学合成動物も、現れるんじゃないかと期待しています。すでに光合成生物がいるようにね」

 海の浅いところや陸上ではすでに、光合成によって有機物をつくる細菌を、細胞の中に取り込んだ光合成生物が跋扈している。植物だ。それと同じように、化学合成細菌を細胞内に取り込み、それだけで生きていく「化学合成動物」がいてもおかしくない。

「もしかしたらまだ、我々が見つけきれていないだけかもしれませんけどね」

 そういう生物は、どんな特性を持つのだろう。大きいのか、長生きするのか……。

「でもですね、鯨骨の進化的ステッピング・ストーン仮説には、反論もあるんです」

 え?

「イガイの仲間が共生細菌と暮らすようになったのは、この世にクジラが誕生する前だと見られているからです」

 ええーっ。

 それはつまり、クジラの骨があるから進化してきたはずの貝は、クジラがいない時代に進化してきたということ。

 一生懸命読み進めてきた探偵小説、この推理は素晴らしいと感心していたら、実は大きな事実を見落としていたことに気がついて、仮説がガラガラと音を立てて崩れていくのを目の当たりにする感覚。

 呆然とする取材陣。しかし藤原さんは、余裕の笑みを浮かべているのである。

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この記事は日経ビジネスオンラインとの共同企画です。
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片瀬京子(かたせ きょうこ)

1972年生まれ。東京都出身。98年に大学院を修了後、出版社に入社。雑誌編集部に勤務の後、09年よりフリー。共著書に『誰もやめない会社』(日経BP社)『ラジオ福島の300日』(毎日新聞社)など。