「解剖に使う白いトレイに入れて撮っていました」
ところが、うまくいかない。
最初に撮ろうとしたのは、ヒラノマクラという二枚貝の水管だ。水管とは、たとえばミルガイでは一番目立つ、チューブ部分だが、ヒラノマクラのそれは、一見、イソギンチャクの触手のようにも見えて、細長くて白っぽい半透明。これを白い背景で撮るのは難しいのだ。
「それで、海水を入れたトレイに、別の用途のために用意してあった黒い背景紙を沈めて、そこにヒラノマクラを入れて、周りの人にマグライトで照らしてもらって、撮影しました」
もちろん、水に浸かった黒い紙はふにゃふにゃに。その教訓を経て、黒いゴム板を使うようになったのだ。それが、いかにも深海な黒い背景を生み出している。
生物全体を輝かせるライティングには、カメラから離して使えるタイプのストロボを使っている。
それで、ひとつの被写体の撮影にかかる時間はと言うと……。
「3時間くらいかかりますね」
これだけ時間をかけるから、あれだけの写真になるのです。
しかし3時間というと、午前1時開始で4時まで、2時開始で5時まで。
寝不足になりませんか。
「だから船に乗って撮影が続けられるのは2週間が限界ですね。この前の、ケープタウンからブラジルまでは、時化があって酔ってしまったのもあって、参りました」
ケープタウンからブラジル、とは、現在も続く、有人潜水艇「しんかい6500」を乗せた支援母船「よこすか」による世界一周航海「QUELLE 2013」の、一部。
藤原さんは今年4月上旬から5月上旬までの間は、よこすかに乗っていたのだ。