File7 深海生物研究者 藤原義弘

第1回 深海生物フォトグラファーの表の顔は

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「たとえば、インド洋のど真ん中にある熱水噴出孔近くに生息するシンカイヒバリガイの仲間と、パプアニューギニアあたりのシンカイヒバリガイの仲間は、距離は離れていても、遺伝的に非常に近いんです。シロウリガイなどほかの深海生物でも似たようなことがあります」

 なんでそんなに似ているのでしょう。

「理由は、はっきりとはわかっていないんです。熱水域がずっと続いているわけでもないのに、なぜ遠く離れたところに似たような深海生物がいるのか、は」

 でも、現実には遠く離れたところでよく似た生物が観察されている。
 それは生物の研究をしている人たちの間で長年の疑問だった。

「基本的に、ある生物が別の場所に分布を広げるには、移動能力の低い成体ではなく、幼生(孵化後、成体になるまでの形態)が海流に流されて漂い、途中で何らかの化学物質を感知して、ここに熱水噴出孔があるなと気がついたら、着底して成体になるのでは、と考えられています」

 ところが幼生の分散だけでは、今の生物の分布は説明できない。幼生はそんなに長く幼生のままではいられないからだ。そのような中、鯨骨が発見され、それを利用すればこれまでの推測以上に生息範囲を広げられるかも、という仮説が浮上したのだ。

 インド洋からパプアニューギニアまでは旅をできない生物も、比較的近所の鯨骨になら、1世代で移動できる可能性がある。大型のクジラだけを考えても、海底に沈んだ遺骸と遺骸との間の距離は20キロ程度、という試算があるという。インド洋とパプアニューギニアの距離に比べれば、至近距離といっていい。それがさらに近くの鯨骨、鯨骨、鯨骨……と、不連続につながって、最終的に、別の熱水孔近くにも登場する。

 飛び石、とはこういうことだ。飛び石の意味で、藤原さんは“地理的ステッピング・ストーン”という言葉も使う。

 では、その、「鯨骨が“地理的ステッピング・ストーン”の役割を果たしている」という仮説を検証するには、何をしたらいいのでしょうか。

「実験です」

 どんな風に?

「クジラの遺骸を海底に沈めて、どんな生物が生息するようになるかを確かめるんです」

 なんともダイナミックな実験だ。詳細は、次回。



この記事は日経ビジネスオンラインとの共同企画です。
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片瀬京子(かたせ きょうこ)

1972年生まれ。東京都出身。98年に大学院を修了後、出版社に入社。雑誌編集部に勤務の後、09年よりフリー。共著書に『誰もやめない会社』(日経BP社)『ラジオ福島の300日』(毎日新聞社)など。