File6 海の無人探査ロボット開発者 石橋正二郎

第3回 エンジニアは被告席に座らなければならない

高校時代のしょうちゃん(上)。(提供:石橋正二郎)(写真クリックで拡大)

 高校生のしょうちゃんが朝、目覚めると、共働きの両親はすでに出勤済み。外は雨。そこでしょうちゃんは思う。
「なんでこんな天気の中を、チャリンコで学校へ行かなくちゃいけないんだろう」
 行かなくていいや。そう決めてしょうちゃんは、録り溜めたビデオを見始める。
 晴れた日は登校。でも「カラオケ行こうよ」と誘われればナチュラルに早退。授業時間中に教室を抜け出し、わざと下級生の教室から見えるコートでテニスに興じることもあった。
「女の子の後輩に『石橋せんぱーい』とか声をかけられるのが、嬉しくて」

「お父さんと一緒に校長室にいらっしゃい」

 そして出席日数が危うくなり、ある日ついに先生から「お父さんと一緒に校長室にいらっしゃい」と通告を受けるまでに。卒業はしたものの当然、浪人。故郷静岡・沼津を離れ、東京の予備校の寮に入る。父親と兄の影響もあり、国立理系への進学は決めていた。高校時代も、数学や物理は得意だった。授業は聞いていないのに試験の成績はいいという、学校に何人かいるタイプ。それがしょうちゃんだ。
 しかし、初めて受けてみたセンター試験の成績は、なぜか国語が良かった。それも、大嫌いな古文と漢文の点数が。
「古文は源氏物語、漢文は漢の劉邦かなにかの話でした。これがラッキーでした。どっちもマンガで熟読してたので」
 国語の成績もきっちり加味してくれる国立大学、それも予備校の寮生活で親しんだ都内下町にあるとベスト。そうやって探してみると、東京商船大学(現在の東京海洋大学)が候補に浮上。沼津出身だから海は好きだ。無事入学と相成った。
「もともと船乗りになりたがっていた明治生まれのじいちゃんがスゴく喜んでくれたのが、嬉しかったですね」
 母方の祖父、そして父には共通点があった。それは、せっかちなしょうちゃんに、算数では計算の過程もしっかり記すこと、間違ったところを消すときは、きちんと全部きれいにすることなどを、小さいころから徹底して教え込んだことだ。

“教授”と呼ばれるのに憧れて

 実習で何度も船に乗り、そのたびに船酔いして、すぐに船乗りになるのは諦めた。そしてしょうちゃんが目指したのは、教授になること。さっそく指導教官に、どうしたら教授になれるのかを聞きに行く。答えは、しっかり勉強して大学院へ進み、博士号を取得し、助手からはじめて助教授になって……。
 しかし、なぜ、教授を目指したのか。
「その頃、『天才柳沢教授の生活』というマンガを愛読していて、“教授”と呼ばれるのに憧れて」
 大学院では、海中ロボットの研究をした。マニピュレータだ。防水仕様とはいえ、水深10メートルほどにしか耐えられないそのマニピュレータだったが、それと、プロがCG作成などに使うSGI製のUNIXマシンを独占的に使えた。そしてある日、教授にこう言われる。
「JAMSTECというところで、AUVにマニピュレータを付けるらしい。見に行こう」

大学時代の乗船実習。(提供:石橋正二郎)(写真クリックで拡大)