おかげでお家騒動はこれ以上炎上せず、事なきを得ます。

 グロブナーの編集方針はその後どう評価されたのか。それは数字を見れば明らかです。就任10年後の1980年10月にグロブナーはしぶしぶ編集長を降りるのですが、彼の在任中に会員数は640万人から1077万1886人に増え、ついに大台の1000万部を超えました。

 その後、本誌で編集方針がことさら発表されたことはありません。つまり、この編集方針はいまも生きています。たぶんホントに火星の向こうへ飛んでいくまで生き続けるんじゃないか、と中の人はにらんでいます(笑)

パレスチナ人が逮捕されたことに腹を立て、イスラエルの警官に向かって石を投げつける女性。これはギルバート・メルビル・グロブナーが退任したあとの記事ですが、社会派の記事はナショジオの部数を飛躍的に伸ばしました。 1983年4月号「エルサレムでの今年(This Year in Jerusalem)」より。(c)Jodi Cobb, NGP(写真クリックで拡大)

つづく

(Web編集部S)

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