第5章 1956- 第二期黄金時代からさらなる挑戦へ

第21回 1000万部を超えをもたらしたナショジオ90年目の編集方針

 その編集方針が掲載されたのは創刊からちょうど90年目を迎える1978年の1月号でした。

1978年1月号に掲載された編集方針とその再確認の声明文。(写真クリックで拡大)

「今年、あなたの協会の会報誌は若々しい90年目を迎えます。3世代にわたる出来事や人々や場所の記録は、歴史家と、そして、私たちのメンバーにとっての宝物の象徴です。古い『ナショナル ジオグラフィック』を読むことは知的な喜びであり、そして願わくば、特別な感動であってほしいものです。

“偏見のない特派員”ジュニアス・B・ウッドによる80ページのソ連の記事が掲載されたのは52年前でした。彼のモスクワの描写は生き生きとした現地リポートの古典です。

 最も新しいところでは1977年にスタッフライターのジョン・J・プットマンと写真家のゴードン・ガーンがモスクワを訪れました。共産圏についての報道は、おそらく1926年当時と同じぐらい困難でしょう。しかしながら、伝えられることを公明正大に報道すべきジャーナリストとして、歴史だけが全容を伝えられることを肝に銘じつつ、私たちは機会をとらえて時代を映し出します。

 こうした方針を変えろと自分の言いたいことをジャーナリズムに言わせようとする人々から圧力を受けることがしばしばあります。なかには、非難しなければ黙って称賛するのと同じことであり、また、自分の偏見と合わなければ、客観的な事実もある考えの提唱だととらえる人もいます。

 しかし、左右両極端なこのような意見は、単に偏った危険で極端な考えに私たちが陥らないように思い起こさせてくれるにすぎません。昨年、協会の新会員が記録的に増え、継続率も高かったことは、私たちの針路が健全であることを十分に証明していると思われます。

 私たちは引き続きイデオロギーとは無縁の世界を旅してゆきます。若者とアメリカ大陸を歩き回り、ネス湖のなかを調べ、火星とその先へと飛び立ちましょう。世界が進みゆく歩みを正確かつ明快に記録してゆきます。この記念の年はあなたの協会がとてもうまくやれてきた方針を私たちが再確認するいい機会です」