第5章 1956- 第二期黄金時代からさらなる挑戦へ

第21回 1000万部を超えをもたらしたナショジオ90年目の編集方針

 エベレスト、富士山、コン・ティキ号と、このところ寄り道が続いたけれど、連載のタイムラインはいまは1970年代です。忘れてた? ですよね……という方は、ぜひ第17回「歴史に残る環境特集 「地球環境があぶない」」をご覧ください。ざっと復習すると、1970年10月からグロブナー家の3代目であるギルバート・メルビル・グロブナーが新編集長に就任し、「これからナショジオが変わります」とばかりに転換点となる環境特集を掲載した、というお話でした。

 その後、社会派の記事はじわりじわりと増えてゆきます。

 たとえば、「東ドイツ 成功への苦闘(East Germany: The Struggle to Succeed)」(1974年9月号)は共産圏の国にも客観的な目を向けようとしたもの。あるいは、ガリガリに痩せた子どものショッキングな写真を使い、1971年の独立後の食糧危機を伝える「バングラデシュ 飢えの悪夢」(1975年7月号)。
   
 社会派の記事は自分の良心と自負していたグロブナーです。ホントはもっとたくさんやりたかったものの、思慮深い彼は一気に増やしたりはしませんでした。辺境への冒険や野生動物のレポートなど、定番の人気記事が載る号にスルッとすべりこませる形で、読者の反応を確かめていました。

政府が黒人を管理するための「黒人通帳」を見せる詩人。1977年6月号特集「南アフリカの孤独で厳しい試練」より。(c)James Blair(写真クリックで拡大)

 結果、手応えありと感じたのでしょう。1977年からたて続けに掲載し始めます。最新のキューバ事情を紹介しつつ、カストロへの直撃インタビューに成功した1月号の「インサイド・キューバ(Inside Cuba Today)」。過去70年間ではじめて(!)アメリカの黒人をとりあげた2月号「ハーレムに暮らして(To Live in Harlem)」。3月は敵対するソ連のボルガ川の番組をテレビで放送し、4月号「カナダは1つ? それとも2つ?(One Canada-or Two?)」ではカナダ・ケベック州の反米色の濃い分離独立運動をレポート。6月号にはアパルトヘイトを実施する政府に批判的な「南アフリカの孤独で厳しい試練(South Africa’s Lonely Ordeal)」もありました。

 バックナンバーを読むと、いまでもグロブナーのジャーナリスト魂がビリビリと伝わるような誌面です。それこそいまならたくさん「いいね!」がもらえそうです。