第5章 1956- 第二期黄金時代からさらなる挑戦へ

第20回 コン・ティキ号と『ナショナル ジオグラフィック』

1941年1月号。目次を兼ねた表紙にはしっかり手記のタイトルが書かれています。(写真クリックで拡大)

 ファツ・ヒバ島に到着してすぐはまだ順調でした。

「澄んだ泉でひと泳ぎしたあと、ココナッツを食べ、熟れたオレンジを木からもぎとって朝食を締めくくった。嬉しさのあまり、私たちは思わず声をたてて笑った。なんという土地! なんという生活!」

「生きることそのものが深い喜びだった。騒々しくて慌しい文明のせいでなまった私たちの感覚が、いつわりの日常から本当の生活へ移ることでまるで目覚めたようだった」

 ところが、南の島で生き延びることは思ったほど楽ではありません。手記は次第に暗い影を帯びはじめます。

「南の島を完璧な楽園に描くのは間違いだ。豊かで美しい自然はおそらくほかのどの土地よりも素晴らしいだろう。でも、エデンの園にはヘビが入っていた。毒をもつ爬虫類はいなくても、島々は昆虫がもたらす病気の危険に満ちている。いや、ジャングルの泥のなかにさえその危険はある。これは正直に書いておかなければならない」

 妻リブが風土病で足を悪くして、1カ月間、近くの島で西洋医学の治療を受けたこともありました。結局、排他的な島民と風土病に悩まされた2人は、島を訪れた帆船に助けを求めて脱出。手記はこんな1文で終わっています。

「私はリブに言った。『ファツ・ヒバ島は確かに正しい選択だった。けれど、楽園への切符をお金で買うことはできやしない』」