第5章 1956- 第二期黄金時代からさらなる挑戦へ

第20回 コン・ティキ号と『ナショナル ジオグラフィック』

「National Geographic Society」の文字が刻まれた協会の古い建物がちらりと見えるだけなので、気付かない人は気付かないでしょう。その1室で、やたらと長い机の前に老人が数人座り、1人(編集長?)が命がけの冒険への支援を断ります。

「読者はノルウェー人が遭難する記事は読みたいかもしれないが、この学説ではない!」

 記録をとっていないので正確ではありませんが、まあだいたいこんな感じでした。映画だけを見ると、『ナショナル ジオグラフィック』はヘイエルダールの敵と受け取られかねませんねえ。なんだか悪代官役っぽいですし(笑)

 でも、ホントはそんなことはありません。事実はむしろ逆。支援こそしなかったものの、とりわけ当時の編集長だったギルバート・グロブナーはヘイエルダールの味方でした。

 ヘイエルダールがはじめて海外デビューを果たしたのはほかならぬ『ナショナル ジオグラフィック』です。コン・ティキ号の冒険の6年前。ヘイエルダールが自国以外ではまったく無名だった1941年の1月に「南の海で時間をさかのぼる(Turning back Time in the South Seas)」という手記を掲載します。

 若い頃から現代文明から逃れることを夢見ていた彼は、1936年のクリスマス・イブに同じ想いを抱く妻リブと結婚し、翌日には楽園を求めてポリネシアへ旅立ちます。目的地はマルケサス諸島のファツ・ヒバ島。トールは22歳。リブは20歳でした。

 およそ1年半におよぶこの滞在が独自の学説を思いつく原点となるわけですが、このとき、のちの大成功の予感はみじんもありません。むしろ結末は悲観的でした。ちょっと紹介してみましょう。