第16回 どこまでもカッコ悪い帆船旅 パタゴニア追想記(4)
「あの船は、ビーグル水道に出ていけるだろうか」
我々のリーダーが聞いた。
3人はほぼ同時に首を激しく横に振った。なにしろあの図体でキールがついていないのだからよほど天候条件のいいときに岸ぞいにそろそろ進んでいく能力しかない。進むのは帆では無理だから小さなエンジンでいくのだけれど、そのエンジンもあとどのくらいもつのかきびしい現実だ。
3人の意見はそういうもので一致していた。いやはや、本当にマンガみたいな船と契約してしまったのだ。
我々は、だんだん残りの滞在日数が少なくなっており焦っていた。当初のヴィクトリア号でビーグル水道をいく計画はもういいかげんあきらめるしかないようだった。強行させたらおれたちも死ぬ。
「それではどうする。かなりのカネをドブ……いやビーグル水道に捨てちまったようなものだぞ」取材クルーのあいだでちょっとした激論がかわされた。
大仰な渡し船
そうして世にもむなしいプランがこしらえられた。もっとも風がなく、海が安定している日に、あの船の帆を全部あげて、エンジンで海を走らせる。その様子を我々取材チームがナバリーノ島の岬から撮影する。ハリボテだが、遠くから見れば、あれはあれで美しく見える筈だ。当初聞いていた冒険航海からくらべるとなんというなさけなくも恥ずかしいプランだろうか。それでも、ここらでヴィクトリア号南下作戦は本気で諦めて予定されているプランの先へすすまないと、今度の旅のすべてがダメになってしまう。
その意向は船長に伝えられた。船長は、すでにたんまり金を貰っているのだから、もう危険なヴィクトリア号の航海などやめて、ナバリーノ島の静かな島影におさまって船を住処にして余生をおくりたい、と考えているようであった。なんとこいつは最初から我々をそういうペテンにかけるつもりでいたのである。