第3回 戦後の日本に未来を重ねる人々

――アフガニスタンでは外務省のスタッフとして軍閥の解体を担当することになりました。瀬谷さんの経験と知識が必要とされたんですね。

 私がDDRの仕事をしていることを知った外務省から要請があり、赴任が決まったんです。9・11から1年半経った頃で、アフガニスタンの治安を改善するための任務でした。大統領選挙までにここまでは終わらせなければならないという時間の制約がありましたし、交渉などで常に同行する日本大使以外に相談できる人がいないので大変でした。

 ほかの国は専門家の層があついんですよね。それに独自の情報網を持っている。日本にはそういうところがなかったので、他国の機関や現地政府から集めてきた情報をもとに、大使と私で意見をぶつけ合いながら方針をまとめていきました。

――アフガニスタンは現在も断続的に紛争が続いています。危険な目に遭ったりはしませんでしたか。

 よく聞かれるんですが、あまりないんですよ。一度、タリバーンが発射したロケット弾が日本大使館の真横に落ちましたが、夜だったので大きな被害はありませんでした。

アフガニスタン民兵組織との交渉(写真提供:瀬谷ルミ子)(写真クリックで拡大)

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