第2回 人生を決定付けた1枚の写真

――DDRを仕事にしようと思ったきっかけはあるんですか。

 もともと私は取り柄がない人間だと自覚していました。だから高校3年になって進路を考えるにしても英語が好きな以外は特技も何もない。そんなときに1枚の写真に出会ったんです。

 1994年4月、アフリカ中部にあるルワンダで80万人が虐殺され、200万人以上が難民になるという大規模な内戦が勃発しました。

 写真には、その難民キャンプでコレラに罹って死にゆく母親を泣きながら起こそうとしている小さな男の子の姿があった。それを見て、こうした紛争地を変えるために何かできないかと考えるようになったんです。

 最初は私も難民支援や医療支援をイメージしていました。でもそういう専門家はすでにたくさんいるので、秀でた能力がない私はたいして活躍できないだろう。ならば、ニーズがあるのにやり手がいない分野だったら秀でていなくてもある程度必要とされるんじゃないか。

瀬谷さんの人生を決定づけた1枚。ルワンダの難民キャンプで死にゆく母親を起こそうとする男の子をとらえ、1995年ピュリツァー賞を受賞。撮影はAP通信のハビエル・バウルズ。「ピュリツアー賞 受賞写真 全記録」(小社刊)より(写真クリックで拡大)

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