などと聞くと、人類(ホモ・サピエンス)は素晴らしい存在で、また、均質であるから、人類みなきょうだい! 的なことを言いたくなってしまう。人種の違いをことさら言い立てたり、均質な中でもさらに遺伝的に近いであろう隣国同士で、なにか激烈な対立が起こりがちだったりするものだから、でも結局、オレたち似たもの同士じゃないか、とか言いたくなるのである。

「えーとね、僕は逆に極端な友愛主義にもなりたくないんですけどね」と海部さんはまず釘を刺した。

「ぼくは、本当のことが見たいので。昔だってね、争いはあったんですよ、やっぱり。それから、たとえば、今、人間が他の動物を絶滅に追いやってる、かつての人はそうじゃなかった、もっと自然を大事にしたんだって言うけど、もう全然そんなことはなくて。旧石器時代にもいっぱい動物は絶滅してますから。いつの時代も多分同じだと思うんですけど、そういう真実に目を向けたいですね。昔の人はよくて今は駄目だっていうのは違う、と逆に思いますよね」

 じゃあ、やっぱり、ホモ・サピエンスって今も昔もダメダメじゃないか。地球環境上は、いない方がよかったのではないか、などと極端な立場もありうる。人間はどうしてもホモ・セントリック(人間中心的)なので、エコ・セントリック(生態系中心主義とでも訳すか)になるべきだと考える人は各地にいて、それが極端になると、人間は地球環境のがん細胞だ、というような考えを披瀝する人も出てくる。

 しかし、それも、また、まったく違うのである。

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