海部さんは、「日本の旧石器考古学って、本当に面白いですよ」と何度も強調していた。たぶん、これは、違う方面から研究を進めてきた人類学者として、いくら言っても言いたりないくらいの衝撃が、考古学との出会いでもたらされたのであろうと想像する。

「2011年のシンポジウムのプロシーディングス(学術会議で発表された論文)の編集を今進めています。その中には日本の旧石器考古学の関係者自身が、成果をまとめた論文がいくつか掲載される予定なんですよ」と海部さんは付け加えた。

 日本の旧石器考古学が世界を驚かせるのを見たいと、ぼくも思う。

 なお、意外な事実をひとつ。

「日本の旧石器の遺跡ってどんなところから出るかご存じですか」と海部さん。

 そして、旧石器が出てくる地層の断面の展示を指さした。地表から数メートル、3万数千年前くらいまでの地層を切り出したものだ。

「これ、東京の高井戸小学校から取ってきた断面なんですよ」

 正直、驚いた。

 高井戸小学校とは、杉並区にあるごくごく普通の区立小学校だ。京王井の頭線高井戸駅から見えるし、環状八号線を車で走ると校舎の隣を通り過ぎる。ぼくはたまたま近所に住んでいるので、そこがごく普通の都市環境で、遺跡と聞いてイメージするものとはかなり違うことを知っている。

「皆さん、旧石器時代人って山の中にいるって、誤解しがちなんですよ。でも、そんなことなくて、こういう平地に普通にいたんですよ。東京都は特にたくさん遺跡があって、その中でも多いのは武蔵野台地。あと、神奈川の相模野台地も。僕らの足元にかつての祖先たちが暮らした跡があるんですね」

 まっさらな目で自分の足下を見ると、思いもしない歴史が埋まっている。時代は違えど同じ大地で生活をしている以上、当たり前なのだが、意識してみると新鮮だ。インドネシア・フローレス島の「ホビット」の話題から、するりするりとつなぎ目なしに、ここまで話が転がってくるのか、ということも含めて、感慨を新たにした。

国立科学博物館「日本館」2階「日本人の旅」という展示コーナー。黒曜石も、世界最古の落とし穴も、磨製石斧も、高井戸小学校の遺跡の解説も、ぜんぶここにある。(写真クリックで拡大)

つづく

海部陽介(かいふ ようすけ)

1969年、東京都生まれ。独立行政法人国立科学博物館 人類研究部 人類史研究グループ・研究主幹。東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 進化多様性生物学大講座・准教授。理学博士。1992年、東京大学理学部生物学科(人類学専攻)を卒業。95年、同大学院理学系研究科博士課程を中退し、国立科学博物館人類研究部研究員となる。2007年、東大准教授を併任、現在に至る。「アジアにおける人類の進化・拡散史の研究」で12年度の日本学術振興会賞を受賞。『人類がたどってきた道―“文化の多様化”の起源を探る』(NHKブックス)の著書、『人類大移動 アフリカからイースター島へ』(朝日選書)の共著がある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。ノンフィクションに、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。サッカー小説『銀河のワールドカップ』風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。近著は、独特の生態系をもつニュージーランドを舞台に写真家のパパを追う旅に出る兄妹の冒険物語『12月の夏休み』(偕成社)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社)(『雲の王』特設サイトはこちら)。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider

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