「ホモ・サピエンスがアジアで何をやっていたか、というのを考えるのに日本列島は有利なところがあります。そもそも、いつサピエンスが来たのかという話も、例えば中国だと旧人も原人もいて、石器だけでは、サピエンスのものなのか旧人のものなのかといった区別が簡単にできないんですね。でも、日本列島では、遺跡がほとんどあるいは全くないところに、4万年前よりわずかに新しい時期に、急激に遺跡が増える現象がありまして、これがサピエンスの渡来のサインだとみなせます。だから、サピエンスが世界拡散していく中で、その渡来の時期がきちんとわかるポイントになるんです。それはとても重要なことなんです」

 琉球列島にも、旧石器時代にホモ・サピエンスが渡ってきた、確実な化石証拠があるそうだ。

「──海を渡っているんです。おそらくオーストラリアに次いで、世界最古級の航海があった場所ですよ。僕らが考えたいのは、琉球列島に入るためには、単に船があればいいってわけでなく、実は結構難しいってことなんですね。黒潮を横切らなきゃいけないし。島と島の距離も結構ある。だから、それを追求したら、あの時期のサピエンスってこんなだったんだってもっと言えそうです。そういう話題は幾らでも転がっている」

 これを皮切りに、海部さんの「日本の旧石器時代ホモ・サピエンスの行動」の話題が止まらなくなった。国立科学博物館の展示にすでになっているような確立された研究でも、まだ「世界デビュー」していないホットな話題がたくさんあるのだそうだ。

古代オセアニアのダブルカヌーの1/3模型。タヒチからハワイへの最初の移住シーンを再現している。ホモ・サピエンスが日本にやってきた4万年ほど前とはまったく異なるものの、長距離におよぶ航海をなしえた「人類」は我々だけだった。(写真クリックで拡大)

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