第4回 アジアに来たとき、ヒトは何をしていたのか

「日本旧石器学会っていう学会があって、最近そこの人たちと交流するようになったんですね。僕自身の母体は日本人類学会でして、考古学との関わりは今まで薄かったんですよ。でも、人間って、生物であると同時にやっぱり文化的存在で、考古学とリンクしてやらないと面白くないし、やったら絶対に面白いんです。例えば2011年の末に、国立科学博物館と旧石器学会の共催で国際シンポジウムを開いて、modern human behavior、現代人的行動、つまり初期のホモ・サピエンスたちがやっていた様々な行動をテーマにしたんです」

 旧石器時代のホモ・サピエンスの研究は、考古学と人類学が密接にかかわりながら、ヨーロッパで、ぶ厚い積み重ねがある。さらに最近では、アフリカで様々な発見が相次ぎスパークしている状態になっている。その一方で、相変わらずアジアはブラックボックス……。

 とすると、アジアへの思いゆえ、海部さんがそこに注目しないわけがないのである。

 しかし、なぜ「アジアはブラックボックス」なのだろう。

「2つ理由があります。1つは、やっぱりまだ研究が不足しているということ。骨がなかったり、石器がなかったり、遺跡が見つかってなかったりってことですね。だけど、もう一方で、modern human behavior、『現代人的行動』というテーマを、アジアの研究者はまだ十分概念を共有してないんです。英語の論文をみんないつも読めるわけじゃないし、世界でどういう話が今ホットか、十分共有できてないですよね。そこをなんとかしようと、アジア各地の考古学と人類学の研究者が同じ場で情報を共有するシンポジウムをやったわけです。すると、お互いに知らなかったような話が幾つも出てきて、狙い通りでしたね。サピエンスがアフリカやヨーロッパで何をしていたかは、ずいぶん記述されていますけれど、アジアに来たときに何をしたのか、世界に向けてちゃんと発信していかなければと思っています」

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つづく

海部陽介(かいふ ようすけ)

1969年、東京都生まれ。独立行政法人国立科学博物館 人類研究部 人類史研究グループ・研究主幹。東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 進化多様性生物学大講座・准教授。理学博士。1992年、東京大学理学部生物学科(人類学専攻)を卒業。95年、同大学院理学系研究科博士課程を中退し、国立科学博物館人類研究部研究員となる。2007年、東大准教授を併任、現在に至る。「アジアにおける人類の進化・拡散史の研究」で12年度の日本学術振興会賞を受賞。『人類がたどってきた道―“文化の多様化”の起源を探る』(NHKブックス)の著書、『人類大移動 アフリカからイースター島へ』(朝日選書)の共著がある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。ノンフィクションに、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。サッカー小説『銀河のワールドカップ』風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。近著は、独特の生態系をもつニュージーランドを舞台に写真家のパパを追う旅に出る兄妹の冒険物語『12月の夏休み』(偕成社)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社)(『雲の王』特設サイトはこちら)。
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