第4回 アジアに来たとき、ヒトは何をしていたのか

 ジャワ原人は、むかし、ピテカントロプス・エレクトス(日本語では直立原人)と呼ばれていた。しかし、今では、北京原人(以前の学名はシナントロプス・ペキネンシス)や、アフリカのやや古い原人とあわせて、ホモ・エレクトスで一括されている。つまり、独自のピテカントロプス属やシナントロプス属ではなく、ホモ属としてまとめようという立場だ。ただし、ジャワ原人と呼ばれるジャワ島から出てくる一連のホモ・エレクトスだけを見ても、100万年の歴史があり、その中で変遷してきた。海部さんが解明にかかわり、国立科学博物館に展示してあるものだけでも、以下のようなバリエーションがある。

 まずは、100万年以上前の最古のジャワ原人化石。これらは脳サイズがやや小さめで、顎と歯が頑丈だった。中部ジャワにあるサンギランの下層などから、そうした化石が知られる。時代がやや下って、80万から90万くらい前のサンギラン上層の標本。この時期になると、歯と顎が小型化し、脳サイズはわずかに増大した。そして、5万年前とも言われるガンドン。海部さんはガンドンの頭骨を指さして説明してくれた。

「眼窩上隆起の端、このあたりが厚くなってますよね。わかりますか。額の部分は横方向に拡大してます。これが、新しいタイプのジャワ原人なんですね。古いジャワ原人やフローレス原人にはこの特徴がないんです」

 そして、こういったジャワ原人の研究を詳細に行いつつ、ほかの「空白地帯」の穴を埋めていく。そういう将来イメージを海部さんが抱いているのは、前にも述べた通りだ。

 その一環で、海部さんが力を入れている、もうひとつのジャンルがある。子どもの頃から興味があった、考古学にかかわる研究分野であり、「空白地帯を埋める」仕事の延長とも言える。