その角は、まるでアンテナのように幅広く湾曲し、こちらを威圧するかのように左右に伸びて、ぼくが腕をめいっぱい広げても、その両端に届かないほどの大きさで迫ってきました。
それは世界最大のシカ、ムース(=ヘラジカ)の剥製でした。
写真では何度も見たことがあったけれど、実物の大きさは、想像を遥かに超えていました。
その迫力は、ひとつの奇跡を目の当たりにしているようで、まるで生きた恐竜をこの目で見てしまったかのように、胸がどきどきとしました。
無言でムースの剥製に見とれていると、こちらの気配に気付いたのか、カウンターの向こうから、人が出てきました。
背が高く、坊主頭で、口ひげを生やした、50代ぐらいのこわもての男性で、低い声でぼくに語りかけてきました。
「ハロー。なにか用かい」
「こんにちは。あの、今晩泊まりたいんですが、キャンプサイトは空いていますか?」
「キャンプサイト? ああ、今調べるよ」といって、その男の人は予約台帳らしきものをぱらぱらとめくりはじめました。
「えーっと……1つだけ空いてるな。でも明日は一杯だから、泊まれるのは今日だけになるけど、それでもいいかい?」
「はい、お願いします」
とにかく、今日泊まるところを確保することはできました。明日のことは後で考えるしかありません。
トム・イグニンソンと名乗るその人は、このロッジのマネージャーでした。
キャンプを見せてくれるというので、トムについていくと、そこはシラカバに囲まれた、テーブルもあるような、快適なキャンプ地でした。