ノルウェーで受け継がれてきた捕鯨の伝統が失われようとしている。その背景にあるものとは?

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ノルウェー 消えゆくクジラ捕り

ノルウェーで受け継がれてきた捕鯨の伝統が失われようとしている。その背景にあるものとは?

文=ロフ・スミス/写真=マーカス・ブリーズデール

 日本と並ぶ捕鯨大国・ノルウェー。しかしこの国の捕鯨は斜陽産業だ。クジラが減ったからではない。ましてや捕鯨をめぐる複雑な政治背景のせいでもない。クジラ捕りになりたがる若者がいないのだ。ノルウェー北部の北極圏に位置するロフォーテン諸島で、捕鯨と人々の暮らしを取材した――。

「僕は現代のバイキングなんです」

厳しい寒さが肌を刺す冬の夕べ、港に帰る船の上で22歳のオッド・ヘルゲ・イサクセンはそう言って笑った。彼は、iPodでハードロックを聴きながら片手で舵をとり、空いた手で携帯電話を操作して、フェイスブックに近況を投稿する。

 彼の暮らすロスト島で漁師を志願した若者は、この10年間でイサクセンを含めて二人しかいない。遠くの都会や沖合の油田に行けば、もっと安全で、安定した仕事がある。だから若者は伝統的な漁に見切りをつけ、生まれ育った島を次々と後にするのだ。

 若者の流出は何とも皮肉な現象だ。ロフォーテン諸島ははるか昔から、野心的な若者を引きつけてやまない憧れの地だった。ここは1000年以上前から世界有数のタラの漁場で、船と勇気とちょっとした運さえあれば、誰でも荒稼ぎできたのだ。

 この地域で商業捕鯨が始まったのは、タラ漁に比べればずいぶん後のこと。「自分の祖父の時代には、船でクジラを捕ったりはしなかった」と、83歳のオドバル・ベルンツェンは言う。「当時の船は、クジラを捕るには小さすぎたんだ。クジラが海岸のそばまで近づいてきたときには、仕留めて食べていたけどね」

50年前は1年で4741頭を捕獲した

 だが、その後、商業捕鯨は爆発的なブームを迎える。火薬で銛を発射する捕鯨砲の発明によって状況は一変、ノルウェーは世界有数の捕鯨国となった。

 最盛期を迎えたのは1958年。192隻が出漁し、ミンククジラ4741頭を捕獲した。しかし、すでに時代の風向きは変わりつつあった。1973年までには、捕鯨船の数はほぼ半数となり、その後も減少の一途をたどった。

 その背景にあるのは、クジラの保護よりも、むしろ経済的、社会的な要因だ。捕鯨は、元手がかかるが見返りが少ない。首都オスロのしゃれたレストランにクジラのステーキがあっても、鯨肉には大恐慌時代の食べ物、自然保護に反する食材といったイメージがあり、食料品店では冷遇されがちなのだ。

 ワシントン条約で取引の規制対象に指定されたこともあり、鯨肉の輸出先は事実上ないに等しい。ノルウェー政府はミンククジラの捕獲枠を年間1286頭と定めているが、実際の捕獲数はこれにははるかに及ばず、2011年はわずか533頭だった。

 反捕鯨の旗を掲げる国内環境保護団体のなかには、現役世代を最後に捕鯨の伝統は絶えるものとみて、そのさまを静観しているものもある。北大西洋におけるミンククジラの推定生息数は、健全なレベルの13万頭。ノルウェーの年間捕獲数なら、十分に持続可能な範囲と考えられている。

 もはや絶滅が懸念されるのはクジラではなく、クジラ捕りの方なのだ。

※ナショナル ジオグラフィック6月号から一部抜粋したものです。

編集者から

 記事では捕鯨というフィルターを通しつつ、ノルウェーの伝統文化が置かれている状況への危機感を伝えています。写真に出てくる女の子たちが着ているクラシカルなドレスは、民族衣装の一つなのだとか。以前訪れた八丈島の「黄八丈」を思い出すと同時に、世界各国、同じような問題を抱えていると痛感しました。(編集H.O)

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