第5回 「17年間空振りしても平気な男」ゆえの新元素

 森田さんは、九州出身だ。生まれは北九州。少年期、九州を転々として、中学・高校の頃は、自作飛行機を干潟で飛ばすような、工作が大好きな少年だった。工学的な興味が強かったのかと思いきや、背景にある法則などへの関心もあり、進学した九州大学では理学部物理学科を選んだ。

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「実験核物理をやろうと思ったのは、あまり格好良い話ではないんです。大学院に進むとき、成績の良い子達は、素粒子理論とか花形の方に行きたがるんですけど、僕はあんまり勉強してなかったし、柔道部で柔道ばかりやってたんで、何か体力勝負のところに行こうかなと。加速器を使った実験をやるのと、フィールドワークばっかりやってる大気物理とどっちがいいかと考えて、実験核物理にしました。大型の加速器を使った実験はわくわくするんですよ。物をつくるのが好きだから、自分のつくった装置で新しいデータが出せるのが楽しくて」

 結局、物作りが好きだったという部分が大きく効いているのだった。

「博士課程は、当時、田無市(現・西東京市)にあった東大の原子核研究所です。3年いて、いいデータも取れたんですが、理解がついていかなくてドクター論文を書けなかったんです。それで、当時の理研の先生が誘ってくれて、博士号を取らないまま理研に入りました。1984年です。それまでは、硫黄ですとか、非常に軽い原子核の研究だったんですが、理研では重たい新元素の探索をやりなさいということになりまして。当時計画中だったリングサイクロトロンを使って何をやろうかというときに、僕にそれを手伝わせようということでした」

2013年5月号特集「未知なる元素をつかまえろ!」
本誌では超重元素合成の世界情勢をレポートしています。フォトギャラリーもあるWebでの記事の紹介はこちら。また、電子版では未知の元素の合成方法や、新元素の横顔を紹介しています。ぜひあわせてご覧ください。