第1回 日本人初!の“超重元素の錬金術師”

 超ウラン元素の中でも、「有名」なプルトニウム(核兵器の原料として悪名高いとも言える)は、原子炉の核反応で生成される。20世紀なかばの水爆実験の後、いわゆる「死の灰」から見いだされた新元素もある。初期の超ウラン元素探究は、核兵器開発と密接に関連していた。しかし、20世紀後半からは、加速器を使って合成する研究が主流となっている。

 ここまできて、やっと本題。

 2012年8月、独立行政法人理化学研究所の森田浩介准主任研究員(現在は、超重元素研究グループ・ディレクター)らが、原子番号113の超重元素の合成に成功した。実はその7年前と8年前、つまり2004年と2005年の2度、森田さんらは同じ113番元素の合成に成功している。ただし、この2回だけでは証拠として弱い、という指摘があった。2012年の発見は「弱い」部分を補強する結果で、113番元素の「発見」が確定したと考えてよい。森田さんは「超重元素の錬金術師」なのである。

 これまで、超重元素を発見しえたのは、米国、ロシア(ソ連)、ドイツ(西ドイツ)の3カ国だけだ。新元素発見の認定を受けるには時間がかかるので、2013年5月の時点では判定待ちの状態だが、周期表の113番目のマスに、はじめて日本の研究で見つかった超重元素が加わる可能性が高い。世界中の人たちが、とりわけ高校生世代の学習者が、厳かな気持ちで周期表に相対し、世界の確固たる秩序と神秘に思いを馳せる時、我々の社会が生みだした研究成果がそこにはっきり示されているのを想像するとなぜか嬉しい。かなり良い話である。

 そんな良い話をもたらしてくれる(に違いない……というのも現時点では、ロシア・米国合同チームも優先権を主張しているそうなので……)森田さんを、発見の舞台となった理化学研究所に訪ねた。看板施設のひとつである超伝導サイクロトロンの建屋に近い事務棟の1室だ。最近、研究所内での立場が変わったということで、引っ越ししたばかりの真新しい部屋である。

 基本的なところから解説をと御願いすると、「もちろん、いいですよ」とまるで講義のように話してくださった。その語り口は、おおらか、理路整然、豪快、愉快、である。最初から、引き込まれた。