第14回 パタゴニア追想記 その(2)

 1日おいた次の日、また100キロ南下してまえと同じあたりにやってきた。その日はゾディアックが降ろされた。艦長がぼくに一緒に行ってもいい、という許可をくれた。ただし島の滞在は10分間。そのあいだにボートに戻らねば、次にいつ回収にいけるかわからないなどと言った。冗談だったのだろうがなかなか緊張感のある島の往復だった。

 1年の任務を終えてゾディアックに乗り込んできた3人の兵士は顔をほころばせっぱなしで喋り続けていた。1年間見飽きた仲間以外の人間と話がしたくてたまらなかったのだろう。

 代わりに島に1年間勤務する3人は海岸べりに立って、いささか呆然とした顔で「アディオス」の挨拶もなしにどんどん遠くなる我々の乗ったゾディアックを見送っていた。

 リエンテール号の任務はそれで終了のようであった。プンタアレナスまでの帰路には大砲の発射訓練などが行われ、ビーグル水道の垂直の岩壁や氷河の中にマグロのような砲弾がぶち込まれていた。

 ぼくにとっては忘れえない「明日のわからない航海」であった。

ディエゴ・ラミレス諸島上陸時。水平線に浮かぶ船がリエンテール号。(撮影:椎名誠)(写真クリックで拡大)

つづく

椎名誠(しいな まこと)

1944年、東京生まれ。作家。『本の雑誌』初代編集長、写真家、映画監督としても活躍。『犬の系譜』で吉川英治文学新人賞、『アド・バード』で日本SF大賞を受賞。近著の『わしらは怪しい雑魚釣り隊 エピソード3 マグロなんかが釣れちゃった篇』(マガジン・マガジン)、『そらをみてますないてます』(文藝春秋)、『足のカカトをかじるイヌ』(本の雑誌社)、『どーしてこんなにうまいんだあ!』(マキノ出版)、『ガス燈酒場によろしく』(文藝春秋)ほか、著書多数。公式インターネットミュージアム「椎名誠 旅する文学館」はhttp://www.shiina-tabi-bungakukan.com/