第14回 パタゴニア追想記 その(2)

 ぼくは滞在残り時間を計算し、チリの若い兵士に頼んで、ケープホーンの最先端からドレーク海峡の荒海を見にいった。そこまでの道というものはまったくなく這い松の上を「這って」いく。

 海峡から常に吹きつけてくる烈風によって、這い松は全部地面すれすれまで、本当の意味で「這って」いた。その上を歩いてすすんで行くなどということは不可能で、案内の兵士がやるように這い松の上を四つん這いになり、這い松の枝を常に両手で掴み、足も這い松の枝に突っ張って、それで「人間蜘蛛」のように進んでいくのだった。

 それは水平になった山を登っていく動作に等しかった。吹きつけてくる風は常に強弱をもって、あたりいちめん凄まじい音をたてていた。そしてその突端の向こうがやや傾斜をもった崖になっていて、その間から咆哮するようなドレーク海峡の荒海が見えた。

 まだ距離は相当にあったが、身がちぢむような折り重なる波濤の音が聞こえていた。

 ケープホーンを沈没せずに(つまり生きて)回ってきた勇気ある航海者をケープホナーと呼び、船乗りたちから尊敬される存在になる。そしてケープホーンを見ながらドレーク海峡に呑み込まれていった夥しい数の船乗りがいた。

 けれどケープホーンの突端からドレーク海峡を見下ろした人は、数少ない筈だった。見下ろしているだけで恐ろしかったが、唯一の救いは、吹きつけてくる風が常に、絶対に海のほうからであり、その逆はない、ということだった。もし這い松に掴まっていたとしても背後からときおり強烈な風が吹いてくるような状況であったら、とてもそんなところまで這い進んでいくことはできなかっただろう。吹きつける風が強すぎてぼくはそこからの風景を写真に撮ることができなかった。瞬時でも片手を自由に遊ばせることができなかったからである。