「全長6.2フィート(=189cm)。大きな頭、長い足、ふわふわのしっぽ。顔が首の回りにまきついて、長い毛が肌に触れていました……」

 彼女はそのとき、心の中で父親の声を聞いたのだそうです。

 <落ち着け、落ち着くんだ……>

 それは、彼女が農場で育った幼い頃、父親が野生動物と遭遇したときに必ずとっていた行動でした。

 彼女はその教え通り、首を噛まれても、慌てず、叫ばず(叫ぶなんて出来なかったけれど)、じっと静かにしていました。

「すると、オオカミはすこし深く噛んだあと、しっかりとくわえきれなかったのか、私の首を離しました。」

 そのすきに彼女は自分の車に戻り、ドアを閉めたのです。

 故障した車の側へ行き、「あなたたち大丈夫? わたしは病院に行かなくちゃいけなくなったから……」と告げました。

 車に乗っていた人が、「ああ、でも、あんたこそ大丈夫かい?」と聞き返しましたが、彼女は「もう行かなくちゃ」といって、すぐさま一番近くの病院へと車を飛ばしたのです。

 牙が首に食い込んだのは2センチほど。血がすこし流れたものの、噛まれた場所がよかったのか、幸い致命傷にはなりませんでした。

 病院で手当をして、いくつもの注射を打って、感染症も起きずにすみました。

「こんなことはなんでもないわ。3年前に娘を亡くしたときの心の痛みに比べれば……」

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