第7回 決断

朝早く、うろこ雲が空一面に広がることがあった。(提供:関野吉晴)(写真クリックで拡大)

 なかなか寝つけなかった。夜になって夕立があり、風が弱まったため、蚊が顔の周りにまとわりついていた。甲高い機械音のような羽音が耳ざわりだった。シベリアやアラスカなど、寒い地方の蚊ならば夜はおとなしくなる。たとえうるさくても寝袋なり、毛布をかぶっていればいい。ところが風がない亜熱帯の夏となると、何かをかぶると暑くてたまらない。

 しかし、寝られない一番の理由は蚊ではなく、興奮だった。次の日、台湾から西表島まで、国境を超えて300km近くをノンストップで航海しようと計画していたからだ。それまでは、島から島へと渡り歩く航海だった。海峡越えや島の間が離れていても、距離は120kmを超えることはなかった。

 かなり気が昂ぶっていた。見知らぬ所に遠足に行く前夜の子供のような心境だ。途中で風が止まったらどうしようという不安もあった。今回のコースでは錨を下ろせないので、風がなくなれば潮に流されるしかない。不安と共に初めてのことに挑む緊張感が頂点に達していて、目は冴えきっていた。こんな経験は久しぶりだ。

 クルーの皆は宿に泊っていたが、私と渡部純一郎はカヌーのすぐ近くにある、公共の物置き場に泊っていた。下はコンクリートで、高い屋根がついているだけの風通しのいい大きな建物だが、がらんとしていて滅多に寝泊まりする者はいない。