第37話 食堂の太っ腹おばちゃん化する私。
ところが、良く考えてみると、橇犬たちは、長距離マラソンランナーのようなものである。
一流のランナーたちを思い浮かべてみても、みな痩せている。逆に、その体型が持久力を生んでいるようでもあるのだ。
トーニャも言った。
「痩せ過ぎは、自分の体をすり減らしてしまうし、ちょっとでも太ると、体のどこかを壊してしまう。だから、ちょうどいい体格を作ってあげるのが、マッシャーの大切な役目なのよ」と。
という訳で、一見、やや痩せ過ぎか? と思うくらいが、ちょうどいい犬橇の体格なのだが、やはり私には、どこかまだ、少し吹っ切れていなかった。
それどころか、アスリートだろうが何だろうがお構いなしに、骨の浮き出た痩せた体を見ると、むずむずと学生食堂のおばちゃん化現象が出てきて、お腹いっぱいに食べさせてあげたい衝動に駆られてくるのだ。
けれど、ここは、我慢……。我慢……。
これからは、腹ペコ学生食堂の太っ腹おばちゃんではなく、シビアなオリンピック選手の母のような気持ちに切り替えなければならない。
トーニャが帰ってきて、ようやく、犬橇に向けてのスイッチが入ってきたのだった。
つづく

廣川まさき(ひろかわ まさき)
ノンフィクションライター。1972年富山県生まれ。岐阜女子大学卒。2003年、アラスカ・ユーコン川約1500キロを単独カヌーで下り、その旅を記録した著書『ウーマンアローン』で2004年第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。近著は『私の名はナルヴァルック』(集英社)。Webナショジオでのこれまでの連載は「今日も牧場にすったもんだの風が吹く」公式サイトhttp://web.hirokawamasaki.com/