特集ダイジェスト
がんや糖尿病にならない人は、何が違うのか。今、遺伝子から長寿の秘密を探る研究が進んでいる。
沖縄の人、長野の人が長寿なのは、独特な食習慣のおかげ――。
最近の研究で、こうした従来の説に疑問が投げかけられ、別の新たな要因に注目が集まっている。
その新しい長寿研究を支えているのが、ゲノムの解析技術と基礎分子生物学。遺伝的に隔絶された小さな共同体から得られる遺伝子データを用いて、老化についての洞察を深める研究だ。
そんななか、世界の研究者が注目する人々がいる。その一人が、南米エクアドル南部のエル・オロ県に暮らす17歳の青年、ニコラス・アニャスコ。
彼は、多くの点で普通の青年と同じ。ゲームとサッカーが好きで、部屋が四つある自宅で家族と暮らす。ただし、現在の身長は、114センチ。遺伝子の劣性突然変異が原因で成長が阻害されるラロン症候群を抱えているからだ。
俺たちは、がんや糖尿病にならない
ある日の午後、アニャスコたち4人のラロン症候群患者が、インタビューに応じてくれた。椅子に腰かけた彼らは、子ども用の靴を履いた足をぶらぶらさせていた。
ラロン症候群の最新の研究成果について知っているかと質問されると、頭をのけぞらせて笑った。
「そんなの常識だ。俺たちは、がんや糖尿病にならないんだろう?」
さすがにまったくならないとは言えないが、ある病気にかかりにくかったり、人並み以上に長寿だったりするのは事実だ。しかもこうした集団には特徴的な遺伝子があることもわかってきた。
彼らと長寿の関係を探る研究者の一人が、アニャスコの主治医であるハイメ・ゲバラである。1987年頃から、エクアドル南部にたくさんいる「小さな人」の研究に着手した。米国の南イリノイ大学のアンジェイ・バートケも、同様の研究に取り組んだ。1996年、バートケはマウスの成長にかかわる遺伝子を操作して成長ホルモンの経路を遮断し、体が小さなマウスをつくりだした。驚いたことに、そのマウスは通常のマウスよりおよそ1.4倍も長生きした。
人間の遺伝子でも、同じことが起こるのだろうか。遺伝子変異は、加齢に伴うさまざまな病気から体を守ってくれるのか。
成長因子がないから
ゲバラ医師と、米国の南カリフォルニア大学の細胞生物学者バルター・ロンゴは2006年から共同で研究に取り組んでいる。その研究によると、ラロン症候群のグループに糖尿病患者はゼロだ。悪性腫瘍の患者は一人いるが、命にかかわるものではない。
一方、同じ地域に暮らす同年代の人々を調べると、5%が糖尿病を発症し、20%ががんで死亡していた。ロンゴ博士の追跡実験によると、エクアドルのラロン症候群患者から採取した血液には、人為的に発生させたがんからヒトの細胞を守る働きがあることがわかった。
いったい彼らの血液に、どんな秘密の成分が存在するのか?
「そんなものはありません」とロンゴは言う。
正確には、ないというより、あるべきものが不在という意味だ。不在なのは、IGF-1(インスリン様成長因子1)というホルモンである。IGF-1は子どもの成長に重要な役割を果たしているが、一方でがん細胞の増殖や代謝の調節に深くかかわっているとされている。
※ナショナル ジオグラフィック5月号から一部抜粋したものです。電子版では、元気なお年寄りたちが語る長生きの秘訣を動画でご覧いただけます。
「人にばかにされたら、絶対許しちゃだめ。自分の誇りのために、とことん戦いなさい」。米カリフォルニア州在住の103歳、マリオン・ステフーラさんの力強い言葉がいちばん印象に残りました。本誌では、元気なお年寄りたちの写真に、それぞれ含蓄ある一言が添えられています。遺伝子の話は苦手という方は、写真とともにその言葉をお楽しみください。電子版では、長寿の方々が語る長生きの秘訣を動画でご覧いただけます。(編集T.F)