第2回 きっかけは“有人宇宙船”

――つまり、そのころから宇宙開発への民間の参入が活発になったのですか。

 アメリカが方針転換をしたのが大きかったでしょうね。ブッシュ大統領のスペースシャトル退役宣言が2004年ですから。

 チャレンジャー号とコロンビア号、2度の事故があり、あれがいかにだめかがわかった。

――スペースシャトルがだめとは?

 世界初の人工衛星、スプートニク1号をソ連が打ち上げてから、アポロ11号の月面着陸まで、宇宙開発は米ソの代理戦争のようなものです。それに対してスペースシャトルは、宇宙船の商業利用がねらいでした。

 ところが、ただでさえ莫大なコストがどんどんふくらむばかりで採算がとれない。しかも、2度の事故でリスクが高いことも判明したわけです。

 長く宇宙開発は国家の事業として行なうもの、つまり公共事業として進められてきましたから、経済性などほとんど考えられていません。そこにそもそも問題があると僕は見ていました。「こりゃ変だぞ」と。

 ちょうどそのころに、イーロン・マスクのスペースX社が、後に同社のロケット「ファルコン1」に搭載したエンジンの燃焼実験に成功しました。「何だ、やっぱり民間でできるじゃないか」と思いましたね。