第2回 きっかけは“有人宇宙船”

――堀江さんは1972年生まれ。これは、スペースシャトルの開発が始まった年です。スペースシャトルの初飛行は81年で、堀江さんが9歳。子どものころから宇宙に関心があったのですか。

 百科事典に載っていたアポロ宇宙船や宇宙の話を読んで「すげえな」と思っていました。小学校の低学年のときにテレビアニメの『宇宙戦艦ヤマト』がブームでしたし、高学年のときは『機動戦士ガンダム』ブーム。

 自分が将来、宇宙にかかわるかどうかは別として、大人になったころには宇宙に行けるようになっているんだろうと、それが当たり前のように思っていました。

――宇宙ビジネスに乗り出したいと、本格的に考えるようになったのはいつごろからですか。

 ライブドアのCEOをしていた2004年か2005年ですかね。経済的な基盤もできたころです。

 それより以前の2000年にソ連の宇宙ステーション、ミールが売りに出されたんですよ、20億円で。買いたかったんですが、当時の僕にはそのお金が用意できなかった。用意できれば、絶対に買ったと思う。買ってどうするんだという話もありますけど(笑)。

 ソ連の崩壊後、いろいろなものが売りに出たんです。シー・ローンチ社(ウクライナ、アメリカ、ノルウェーの合弁会社)の洋上発射台なんてのもありましたね。

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