しかし、不安にとらわれた、余裕のないぼくの心は、それを受けとめる準備ができていません。
まるで駅前の街頭演説のように、その言葉は、意味をなさない音の塊となって、ただ頭の上を通り過ぎるだけでした。
ところが、次の短い一編が目に入ったとき、突然、ホイットマンがこちらに近づいてきて、腕をぐいと掴んだような気がしました。
「きみに」
見知らぬひとよ、もし通りすがりにきみがわたしに会って、
わたしに話しかけたいのなら、どうしてきみがわたしに話しかけてはいけないのだ?
そして、どうしてわたしがきみに話しかけてはいけないのだ?
To You
Stranger, if you passing meet me and desire to speak
to me, why should you not speak to me ?
And why should I not speak to you?
あまりにも素朴で、まっすぐな質問を投げかけられて、ぼくはようやく、ホイットマンの言葉の意味を探り始めました。
そして、思ったのです。
<話しかけていけないことなんて……ない>
そう、このおなじ世界に、おなじ時代に生きて、もしも出会えたのなら……人間同士、話しかけてはいけない理由なんか、どこにもないのです。傷つけ合おうというわけでもないのですから。