第2回 私たちはなぜ系統樹が好きなのか

 まとめると──

 進化の系統樹のように、今手に入るデータから過去を再現しようとする試みで、ツリーが多用されることと、知識を整理して提示するためにツリーが使われること、これら2つの似て非なるものが、三中さんの「系統樹蒐集」の網にかかってきている、ということ。

 これはいったい何を意味するのだろう。

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「──物事を整理して覚える時に、我々にとって楽なのは、階層化してまとめることなんですね。どんどん枝分かれさせるということは、上の階層から下の階層へ分岐させるのと同じわけです。そのやり方で全体をまとめてしまうと、覚える量、1個1個のアイテムをバラバラに覚えるよりは、非常にやりやすくなるわけです」

「──体系化したりカテゴライズするっていうのは、要するにツリーを描くことと同じなわけです。だから、進化的な話と全然関係ないところで、アイテムの整理・体系化のためのツールとして、『知識の樹』などが出てくるわけで、我々がなぜツリーが好きなのかという大もとのルーツがあるはずなんです。それが一方では系統的な考え方、もう一方では階層的分類、例えばルルスの記憶術ですね、そちらのほうに広がっていくと」

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 これは非常に大事な点だ。

 今、我々は、枝分かれする図を見ると進化論を思い出すくらい、系統樹のイメージが頭にしみこんでいる。しかし、それ以前の段階から、階層構造を表現するツールとしてツリーを使うことで、世界を把握しやすくしていたらしい。

 ツリー万能! 系統樹、万歳! である。

 と素朴に考えると、これまた実は、落とし穴があるようだ。