第13回 パタゴニア追想記 その(1)

ダーウィンのビーグル水道へ

 世界には好きな場所がいくつかあるが、もっとも好きな場所は? と聞かれたら、躊躇なく「パタゴニア」と答える。これまで海路3回、陸路2回、この地を旅したが、とにかく広大かつ複雑に変化しているところだからまだ行きたい場所の100分の1ぐらいしか知らないだろう。それでも行くたびにかなりラッキーな偶然が重なって、通常の旅では入っていけないようなパタゴニア奥地の旅をした。

『ナショナル ジオグラフィック』にときおり掲載される、いずれも驚嘆するようなパタゴニア辺境地の探検記や素晴らしい写真などを眺めながら「わがパタゴニア追想記」のようなものをしばらく書いていきたい。

 ぼくが一番最初にチリ側のパタゴニアを目指したのは1983年。当時の日本ではパタゴニアと言われても正確にどのへんにあるのか知らない人が多かった。国の名か、という人も多かった。ぼくもしっかり情報をつかんでいるわけではなかった。だからそこへ行くのにあたって資料となるものを探していた。当時パタゴニアに関する本は2冊しかなかった。

『火の国・パタゴニア―南半球の地の果て』(津田正夫・中公新書、1964年)と『秘境パタゴニア』(飯山達雄、西村豪・朝日新聞社、1970年)である。しかし前者は元アルゼンチン大使をつとめていたこともあってアルゼンチン側の話が多かった。それでも非常にわかりやすい文章で書かれているので、何も知識のないぼくには、まず最初のありがたいパタゴニア入門書となった。

 後者は、チリ側のパタゴニアの、マゼラン海峡からビーグル水道を行く記録で、偶然ながら、そのあとぼくの行った最初のパタゴニアの旅のルートとかなり近似していたから、この2冊を読んで現地に行けたのは相当に有意義なことだった。

 そう、説明が前後したが、パタゴニアというのは国の名ではなくチリとアルゼンチンを包含した広大な辺境地のエリアをさしているのだ。