第5章 1956- 第二期黄金時代からさらなる挑戦へ

第13回 “ミルククラウン”を最初に撮影したのはこのヒトです

 この回は名前を出しませんでしたけれど、第25回「ナショジオが伝えた原子力時代の幕開け」でネバダ州での核実験の映像を撮影したのも実はエジャートンでした。また、高速撮影用のカメラを開発し、核爆弾の火球なども写真に収めています。

 さらに、『ナショナル ジオグラフィック』としては、なんといってもストロボを装備した小型水中カメラの開発を抜きには語れません。

 1950年代から、ジャック・クストーとその記事でカメラマンを務めたルイス・マーデンが使った水中カメラを開発したのはほかならぬエジャートンでした。クストーは敬意をこめて彼を「パパ・フラッシュ」と呼んでいました(クストーとマーデンについてはそれぞれ本誌の特集もあります。クストーはこちら。マーデンはこちら)。

 クストーとの協力の協力は、彼の目を海の探検にも向けさせます。

 1960年にマリアナ海溝の最深部であるチャレンジャー海淵まで潜った潜水艇「トリエステ」号の照明をつくったり、海底を走査できる魚探(ソナー)を開発して難破船を探したり、特殊なカメラを用意してネス湖のネッシーの調査に参加したり。

『ナショナル ジオグラフィック』1960年8月号に掲載された潜水艇「トリエステ」号のマリアナ海溝潜水レポートより。このときは残念ながらトラブルにより深海底での撮影には成功しませんでした。(画像クリックで拡大)