そして渋谷君の書き上げた論文の第1稿を読んだ時、そのアイデアの革新性とインパクトの大きさに体中が痺れるような感覚を覚えた。そして「この研究成果によってプレカンラボは少なくとも10年は安泰だろぅ」と確信するに至ったんだ。

プレカンラボ、イラネ

しかし世の中ってそんなに甘くないのね。ボクの勝手な戦勝気分とは関係なく、渋谷君がやってきてから8ヶ月も経たない2008年12月には、JAMSTECの一部方面から「プレカンラボ、イラネ」という声が聞こえてきたんだ。

2008年度が終わる頃、JAMSTECは新しい中期計画の下、新しい研究組織を編成し直して再スタートすることになっていた。もちろん中期計画が変わるたびに組織が変わるのは独立行政法人の定められた宿命なのだが、大きな組織の改編が優先されるはずで、実質「ラボひとり」のプレカンラボなどは最後の微調整でどうとでもなるわいとタカを括っていたのだった。

それに「ラボひとり」の渋谷君は頑張っていたし、プレカンラボには輝ける未来が開けていると思っていた。むしろ2008年度末の改編は、ボクがJAMSTECにやって来るキッカケをつくってくれた、そしてずっと面倒を見ていてくれた掘越先生の引退が大きな出来事で、プレカンラボではなくて掘越先生引退後の微生物研究グループ本隊の改編の荒波の方にボクの時間や労力が費やされていたんだ。

そんな年末も近づくある時、JAMSTECのいろんな部署に潜むプレカンラボシンパのエージェントから、「役所と折衝する企画系の部署でとにかくプレカンラボの扱いがウザイから無くしちゃえという声が上がっているよ」というタレコミを受けたんだ。あれほど純で真っ直ぐなキュートなナイスガイだったはずボクは、そのころには立派に「インテリジェンスを制す者が世界を制す。ゲフゲフ」というドス黒いおっさんにトランスフォームできる能力を身につけていた。

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