でもボクには大きな危機感があったんだ。2008年3月には、ウルトラエッチキューブリンケージ研究の立ち上げに大きな役割を果たした分野融合実験動物、もとい日本学術振興会博士研究員の中村謙太郎君が東京大学工学研究科の特任助教として栄転することが決まっていた。

このまま手を拱いていたらきっとボク達のプレカンラボは自然消滅してしまう! ボクはJAMSTECに初めて誕生したボトムアップゲリラ研究組織を絶対に潰したくなかった。それにブラックなボクとしては、地球科学と生命科学を一人の研究者の中で融合させる人体実験用のために、中村謙太郎君に続く活きのイイ生け贄が必要だったのだ(ニヤリ)。

「ラボひとり」渋谷君

その交渉はうまくいった。2008年4月には渋谷岳造君が最初のプレカンブリアンエコシステムラボラトリー専任ポスドクとしてやってきた。何も知らない渋谷君は、地質学にも岩石学にも関心のない微生物学研究者の大部屋にひとりポツネンと机を構え、たった一人のプレカンブリアンエコシステムラボラトリー研究員(芸名:ラボひとり)として完全放置プレー状態からのスタートを切ったのだった。

後年、渋谷君はその当時のことをこう語る。
「最初はホントに淋しかったですね。タカイさんがいない日は、一日中誰とも会話しない時が多かったです。でも逆に自由でした。構成員一人ですから、成果を出さないとすぐに首を切られるというプレッシャーはありましたが、だんだんその自由さが心地良くなっていきました」

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