そんなこともあったので、山口耕生君が「要チェックや! やっぱりアストロバイオロジーなんや」と言い出したとき、ボクは心が「ドクン」と大きく波打った。

アメリカにおけるアストロバイオロジーの意味する研究領域は広かった。天文学や宇宙物理学における銀河や太陽系の形成論や地球外生命探査が最大の焦点だったのはもちろんだが、実はそれと同じくらいかそれ以上に、生命現象の一般性や地球外環境のアナログ(類似・相似)である地球極限環境研究を推進し、かつその分野を超えた相互作用の発展を目指すものだった。

翻って当時の日本におけるアストロバイオロジーを見れば、宇宙論、天文学的物質探査、地球史研究、隕石宇宙化学、宇宙における化学進化実験、極限環境生物学がそれぞれの分野で「我こそアストロバイオロジー的存在ナリ~」みたいな、まるでヤマト王権(大和朝廷)時代の地方豪族勃興の状態のようだったんだ(ただしヤマト時代の地方豪族の何を知っているのだと言われれば即座に謝る準備はある)。

そして何より、研究者の間にも、一般の人たちの間にも、かなり「臭ェー、ウサン臭ェー」と思われているムード満載だったんだ。

アストロバイオロジーと聞いて「ドクン」とはしたものの、ボクのなかではその言葉を使うのは「まだリスクが大きすぎる」と感じた。特にJAMSTEC上層部には、特に一番の太客である末廣のオジサマなど、アストロバイオロジーという研究分野はともかく、その呪文を唱えるマホー使い系研究者に対する嫌悪感を示すヒトが多いことを痛感していた。

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