第11 回 「正しい養殖」を求めて

©Image Courtesy of Sylvia Earle archives(写真クリックで拡大)

 こんなアドバイスをくれる人もいる。「サケは食べていいけど、養殖ものには注意したほうがいい。値段は安いが、人工的に着色してあるし、抗生物質を使ってるからね。天然のサケに限るよ!」。と思うと、環境保護に熱心な友人からはたしなめられる。「天然のサケだけは食べるな。世界中の大都市ではみんなが天然のサケを食べたがるけど、そういうところの需要を満たすにはとても数が足りないんだ。ワシやクマと夕食の奪い合いをすべきではないよ」

 それでは、いったい何を選ぶのが賢いのだろう? 魚介類は食べても安全なのか? だとすれば、どれが?

 私の場合、鮮魚点の店先に並ぶ魚のうち、天然ものには一切手を出さずにいられる。生きた魚たちが、人間を生かしてくれるシステムにどれほど重要な役目を果たしているかを考えれば、そうするべきではないか。人間の飽くなき欲望のために、魚たちの未来がどれほど危うくなっていることか。食べないことを選ぶことで、魚たちの――そして私たち人間の――生存の可能性を広げるのに一役買えると思うからだ。

漁の代償、養殖の代償

 では、各種のエビはどうだろうか?
 1950年代にはじめてエビのトロール漁船に乗ったとき、あの無残な光景を目にして以来、私は天然のエビは一切口にしていない。人気映画『フォレスト・ガンプ 一期一会』を観れば、誰でもわがことのように感じられるはずだ。大きなトロール網が船上に引き上げられ、その網口が開くと、ドサッ! デッキ上には、死んだ魚や死にかけた魚が山とあふれる。苦痛に身をよじる無数の魚たち。そしてあちらこちらで、エビたちがぴょんと跳びはねる。心地よい海のふところになんとかして戻ろうという本能がそうさせるかのように。

 エビが食卓に運ばれてくるまでにどれだけのものが犠牲になるかを知っているだけに、私はもうお皿に乗ったエビを見るのは耐えられない。そこに透けて見えるのは混獲の残酷な実態だ。このエビを取る過程で、魚やカメ、ヒトデなど、ほかの多くの生き物たちが犠牲になっている。それが豪華なシュリンプカクテルの本当のコストなのである。