たとえは1980年代のインド人のある家庭の朝食は、チャパティ(パン種を入れないパン)、ヨーグルト、煮たレンズ豆、飼っている牛や水牛からとれるギー(バター)であった。その一家は全員痩せすぎと思えるくらいの体格だった。

 2000年のインド人の朝食はバナスパティ(植物油)をたっぷりつけたチャパティとヨーグルト、ダル(豆)、目玉焼き。夕食は数日おきにチキンかポークを食べる。この一家の子供はもうすでに下腹が出ていた。

 でもインドのこのようなここ20年の食卓の変遷は僅かなものである。

 同じ期間にみてきた先進国の食事は、作るという行程がなくなり、ほとんどのものがスーパーなど買ってきたものによっていた。

 この著者は沢山の事例を見ながら、ファストフードや加工食品が簡単に手に入るようになってしまった今、自分の食物を得る労働がなくなってしまったこと。食事以外の家事(洗濯や掃除、食器洗いなど)に労働力を使わなくなっていること――などがアメリカ人の生活を根底から変えてしまった事実をただ指摘するのみである。あとはそれぞれで考えよ、ということなのだろう。

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