第3回 「ジハード」は「聖戦」じゃない

 新聞記者で理髪店をやっている先輩がいて、散髪に行ったときに、それとなく聞いてみたことがあるんです。

 彼によれば、各省庁の大臣クラスまでは、名指しで批判しても問題ない。政権に対する批判だから。しかし、カダフィは超然とした指導者の立場なので、名指しでカダフィやその政策を批判してはいけない。そのあたりに踏み出してはいけない「見えない線がある」と言っていました。

――「触らぬ神に祟りなし」ですか。

 貧しいけれど、仕事をしていれは食べていける。お金があれば買いたいものも買える。その意味では、独裁政権下でも国民の生活は安定しているわけです。 また、2000年代になると国が開かれていくというか、リビアは敵対していた欧米に歩みよるようになります。経済制裁が解かれ、物質的にも豊かになっていきました。

 カダフィの姿勢が変わってきたと、多くの国民が思ったはずです。しかし、一番驚いたのは「大量破壊兵器を放棄する」とカダフィが宣言したときです。

「そんなもの、持っていたのか。知らんかった」というのが僕の驚き。たいていの人がそうだったと思います。

 当時は、海外にいるリビア人は国情をよく知っているけれど、国民には知らされない。そんな状態でした。