そう、危険だから。一番危険だったのは、70年代から80年代。叔父が小学生だったころは学校の校庭で公開処刑が行われていたそうです。授業中でも、子どもたちを校庭に連れ出してそれを見せつけるんです。

 僕がリビアで暮らしていた時代には、もうそういうことはなくなっていました。けれど、政治にかかわる発言は危ないという意識は、大人たちの間に強くありました。

 よほど信頼できる相手でないと、政治の話をすることはありません。

――スレイマンさんが、政治的な発言で、危険を感じたことはありますか。

 高校時代に一度ありました。「社会的知性」という日本の社会にあたる科目の授業でのことです。

 この授業では、カダフィが唱えた直接民主制、ジャマーヒリーヤがいかに優れた制度かを学ぶんです。資本主義も共産主義もだめだから、ジャマーヒリーヤなんだという話です。

 そして、これが世界に広まっていくでしょうというのが、この単元の結びなんですね。

 そのときに、僕は何を思ったか、どうやったらそれが広まるのかという話を先生にしたんです。

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