第1回 リビアの春、トリポリの歓喜

 経済制裁のため国際線が飛んでいなかったので、マルタ島から船でリビアのトリポリに入りました。

 街を見渡しても、東京のような背の高い建物はほとんどないんですね。風景が茶色いという印象が今も残っています。

 父は家を新築中だったので父の実家に居候したのですが、僕たち家族を歓迎して、親戚の人たちがたくさん来るんです。その人数が無茶苦茶に多いんですよ。
 日本だと、親戚が集まるといってもせいぜい20人くらいでしょう。向こうだと、全員集まると40~50人くらいになるんです。

 伯父さん、叔母さん、誰が誰だかわからない。見慣れた日本人とは顔つきが違うし、言葉もわからないから、何を言われてもちんぷんかんぷん。初日に「日本に帰りたい」と言って大泣きしたのをよく覚えています。

――では、いかばかりのカルチャーショックであったかというところから、話をうかがっていくことにしましょう。

大学のある湘南の海辺で。リビアで暮らしたトリポリも海辺の町だ。
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つづく

アーデル・スレイマン

1987年、東京生まれ。リビア人の父親と日本人の母親をもち、国籍はリビア。6歳から19歳までリビアで暮らし、2006年にふたたび来日する。日本では通信社などの仕事を経て、現在は慶應義塾大学に在学中。


高橋盛男(たかはし もりお)

1957年、新潟県生まれ。フリーランスライター。自動車専門誌の編集を手がけたのちフリーライターに。JR東日本新幹線車内誌「トランヴェール」、プレジデント社「プレジデント」「プレジデントファミリー」などに執筆。