第1回 リビアの春、トリポリの歓喜

 デモの後、すぐに「Save Libya」という人道支援のプロジェクトを立ち上げようと思ったのですが、3月の東日本大震災でそれが流れ、それからはずっと震災ボランティアをやっていました。

――反政府デモをきっかけにリビアは内戦状態になり、その年の8月に首都トリポリが反体制派によって解放されて独裁政権は崩壊。逃亡していたカダフィは10月に、シルトの戦闘で死亡します。前年にチュニジアで起きたジャスミン革命に端を発してアラブ諸国に広まった反政府行動は「アラブの春」と呼ばれますが、カダフィ独裁政権の崩壊は、スレイマンさんから見て「リビアの春」と呼べるものですか。

「リビアの春」と言っていいと思います。

 僕は、トリポリ解放の後、9月上旬にリビアへ行ったのですが、そのときは喜びが町を覆っているという感じでした。街の皆が笑顔でしたし「よくやったね」と互いに称えあうムードがありました。

――リビアが独裁国であったこと、テロ国家と見なされて国連から長く経済制裁を受けていた国であることなどは、日本人でも知っている人は多いと思います。しかし、リビアの国民生活やリビア人についてはあまり知らない。話を少し戻しますが、6歳で日本からリビアに移ったときのことを聞かせてもらえますか。

 すごいカルチャーショックでした。カルチャーショックという言葉は、子どもだから知りませんでしたけども(笑)。