第5章 1956- 第二期黄金時代からさらなる挑戦へ

第9回 ダイオウイカ番組の原点はコレでした

 その第1作目「ジャック・クストーの世界(The World of Jacques Cousteau)」を作ったのがナショジオでした。

例によってコンシェルフ3のレポートが放送に先立って1966年4月号に掲載されました。(写真クリックで拡大)

 実はクストーが世界的に人気を博したのは、映画ではなく、テレビシリーズのおかげでした。テレビ番組はお茶の間に直接届きますからね。視聴者の数は圧倒的な差があるでしょう。クストーのねらいもそこにあったに違いありません。このシリーズは1970年代から80年代にかけて、日テレ系の「驚異の世界・ノンフィクションアワー」枠で放送されたので、ご記憶の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 一方、テレビ番組に乗り出したナショジオにとっては、映画で成功を収めていたクストーは絶好の人材でした。お互いのねらいはぴたりと一致したわけです。以後、クストーが死ぬまでこの蜜月関係は変わることがなく、ナショジオの支援は37回、50万ドルにおよび、クストーは10本以上の記事を寄稿しました。

 さて、記念すべき第1作目の内容はというと、映画と同じようにコンシェルフ3のレポートです。ただし、今回は水深100mで、6人が3週間にわたり暮らしました。

コンシェルフ3の中。1966年4月号より。(画像クリックで拡大)