第5章 1956- 第二期黄金時代からさらなる挑戦へ

第9回 ダイオウイカ番組の原点はコレでした

1960年4月号。表紙はもちろんダイビング・ソーサー。(写真クリックで拡大)

 1959年には水深300m以上で自由に動き回れる海中探査船「ダイビング・ソーサー」を開発します。その模様は1960年4月号の「ダイビング・ソーサー、深海をゆく(Diving Saucer Takes to the Deep)」でレポートされています。また、海洋の科学調査や資源開発のため、人間が長期にわたって海中で生活する可能性を探る「大陸棚(コンチネンタル・シェルフ)ステーション計画」を旗揚げし、1962年、第1号の「コンシェルフ1」が完成。マルセイユ沖で水深約10メートルまで沈め、2人が1週間ほど生活しました。

 その成功を受け、バージョンアップを果たした「コンシェルフ2」は、人類史上はじめて海底に設置されるコロニーとなりました。

 コンシェルフ2では、1963年、紅海の海底水深11メートルのところで、5人の男たちが約1カ月におよび海中生活を送ります。

 アクアラングをつけてステーションからじかに海中散歩に出かけたり、朝から赤ワインを傾けたり、オウム(parrot)とブダイの仲間(parrotfish)を絡めるオヤジギャグを飛ばしたり、ダイビング・ソーサーで水深304メートルの深海まで潜り、カニの大群や空気のたまった洞窟を発見したり……。いかにも楽しげなその冒険は1964年4月号の特集「海の中のわが家(At Home in the Sea)」で詳しく紹介され、翌65年には『太陽のとどかぬ世界(World Without Sun)』という映画になり、アカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー賞に輝きました。

 と、ここまでは映画の話。つづく「コンシェルフ3」の完成からクストーはテレビシリーズにシフトします。

ジャック・イブ・クストーとダイビング・ソーサー。(c)Thomas J. Abercrombie(画像クリックで拡大)
ダイビング・ソーサーの中。丸いのぞき窓がある方が前。1960年4月号より。(画像クリックで拡大)