アンの耳が聞こえていないことを知ったのは、ドッグヤードの犬たちが遠吠えに興じているときだった。
360度の大騒音の真ん中にいた私に、スティーブが、
「ほら、あの子だけキョトンとしているだろ?」と指差したのだ。
まるで演歌でも歌っているかのように、こぶしを利かせながら、
「うおぉ~~~~、おん、おん、おん」
と、空に向かって吠えている犬たちの中で、1匹だけぽつんと佇んでいたのがアンだったのだ。
遠吠えというのはそもそも、集団のなかでの大切なコミュニケーションの1つであり、リーダーからの伝達や、他の集団との通信手段であるという。
また、
「この声の聞こえる範囲内に、入って来るな!」
という縄張りを示す注意喚起でもあって、特にこのドッグヤードは野生の森に囲まれていることから、犬たちは毎日、よく遠吠えをする。
お陰で、ロッジ周辺で、熊やオオカミの出没を心配する必要がない。
そのほかに遠吠えは、喜び表現の1つだという。