第10回 海を守る法律と、国際的な取り組み

 1972年には、スウェーデン・ストックホルムで大規模な国連人間環境会議の第1回目が開かれ、ストロングは事務局長を務めた。「環境は重要だ」という考え方がここでようやく正式に是認され、「環境外交」という新たな多国間外交も生まれた。その成果の一つが、ナイロビに本部を置く国連環境計画(UNEP)の設立だ。初代事務局長だったストロングは、気候変動の影響について検討するためのはじめての会議を、各国の専門家を招いて開催した。

 20世紀の終わりには環境への配慮を重んじる倫理観が広まり、ウディ・アレンが予見した行き詰まりを回避できるかもしれないという希望が生まれた。1992年にブラジル・リオデジャネイロで開かれた国連環境開発会議(地球サミット)では、ここでも事務局長を務めたストロングが中心となって、気候変動と生物多様性に関する協定の合意を目指し、「アジェンダ21」という行動計画が策定された。海の問題としては、とくに汚染と沿岸域管理に関する行動が定められた。

 私は米国海洋大気局(NOAA)の首席研究者として、リオ会議に参加した。会議には108人の国家元首を含め、172カ国の政府代表が出席。これほど大勢の国の指導者が一堂に会したのははじめてのことだった。アメリカのブッシュ(父)大統領も含めてどの演説でも、健全な環境と人類の豊かな未来との関連性を認めていた。経済と環境は対極にあるのではなく、むしろ互いに依存しあうことが理解されはじめたのだ。

 2002年に南アフリカのヨハネスブルクで開かれた「持続可能な開発に関する世界首脳会議」(WSSD、ヨハネルブルク・サミット)は、10年前のリオ会議で定めた目標を発展させることがねらいだった。合意された意欲的な目標のなかには、激減した魚類の個体数を2015年までに回復させることも含まれていた。