第2回 「月の南極」から「地球の南極」へ

 1度目の南極行きは、2005年。ニュージーランド南島のクライストチャーチから、まずはマクマード基地に入り、さらに南極点のアムンゼン・スコット基地に飛んだ。これは、2008年まで4年連続でお決まりのコースとなる。

 マクマード基地は南極大陸最大の研究拠点であり、この連載にも登場いただいたペンギン研究の塩見こずえさんのように、海外の研究者が滞在することがよくある。一方、南極点のアムンゼン・スコット基地は規模の問題から、やはり狭き門だ。南極点での体験について日本語で語ってくれる存在として、高橋さんは貴重だろう。夏でもマイナス数10℃になる土地での苦労はいかばかりだったろう。

ここが南極「点」!(写真提供:高橋有希)
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「──僕は正直言うと、すごく楽しかったんです。毎回すごく行きたくて(笑)。だから他のチームメンバーと比べて長く行きました。まあ、苦労といいますと、南極にいる時間はとても貴重なんですね。やっぱり南極まで行くのにすごくお金がかかるし。だから南極にいる間はできるだけたくさん働く。それも、できるだけ効率よく。睡眠もかなり削って頑張ってやってましたね」

「──まずなにをしたかというと、研究室の設置からなんです。はじめはほぼ空の建物だったので。そして、いざ望遠鏡を設置する時も、結構屋外で仕事をしなきゃいけなかったんですね。僕が開発した部品は、外に設置することが多くて。小さな器具を扱うのに、大きな手袋はできないので、マイナス40℃の外で何時間も働いていると指先がほんとに冷たくなって凍ったみたいになってきて、それはたしかに辛かったですね」

望遠鏡の前に機具を設置しているところ。-40℃のなか、素手でやらなければならない作業もあったという。(写真提供:高橋有希)
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