第20話 塩焼き目前の、もつれた関係……。
私は、こんなにも間近でナマズを見たのは、はじめてのことだった。
ナマズとは、よく耳にする名前だけれど、実際にお会いすることなど、なかなか叶わない魚である。
スーパーでも見かけないし、ちまたの定食屋のメニューにもない。
日本の田舎に行けば、ナマズ料理がある地域もあるだろうけれど、今の時代、そうそう食べられるものでもない。
もしかして、ドジョウのように、もはや戦時中の貧しい食べ物というイメージではなく、高級魚になってしまっているのかもしれない。
そう思うと、
「はじめまして、お会いできて光栄です」
と言いたくもなった。
しかしながら、どんな味がするのだろうか……。やはり、湖底の魚は泥臭いのだろうか?
そうすると、味を濃くした煮付けか?
でも、魚本来の味を食べてみるには、塩焼きが一番だ……。
壮大なマウント・デナリの頂を眺めながら、料理への想像を膨らませていると、網を手繰っているスティーブが言った。
「ほらほら、早く網糸を解いていって!」
そうだった……。
塩焼き、煮物、フライの前に、このもつれた関係を解かなければならないのだった……。
つづく

廣川まさき(ひろかわ まさき)
ノンフィクションライター。1972年富山県生まれ。岐阜女子大学卒。2003年、アラスカ・ユーコン川約1500キロを単独カヌーで下り、その旅を記録した著書『ウーマンアローン』で2004年第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。近著は『私の名はナルヴァルック』(集英社)。Webナショジオでのこれまでの連載は「今日も牧場にすったもんだの風が吹く」公式サイトhttp://web.hirokawamasaki.com/