ピラミッドに刻まれたマヤ暦

 マヤ暦にはいくつかの種類があるが、現在の私たちが使っているものと似た暦は、農耕に用いた「365日(ハアブ)暦」である。チチェンイツァのククルカンの神殿には、91段の階段が四方に作られた。それぞれを足すと91×4段=364段となる。そして一番上に一段高くなった基礎を設け、そこに部屋が設けられた。つまり、全部合わせると365段になる。これは1年の日数と同じ数字となる。

 また、ピラミッドの階段の両側には、それぞれ26ずつくぼみがつけられている。26はマヤ暦の「260日(ツォルキン)暦」を、26の倍の52は「365日暦」と「260日暦」を組み合わせたカレンダーラウンド(約52年周期)を表しているという説もある。つまり、ククルカンの神殿は、古代マヤ人の暦を表現したものでもあったと考えられている。

 今回話題にした儀式と暦は、マヤ文明を理解するうえで欠かすことのできない話である。次回は、その話をもう少し掘り下げてみることにしよう。

チチェンイツァ遺跡のククルカン(羽毛のある蛇)の神殿。暦が刻まれているだけでなく、春分の日と秋分の日だけ、約30分間ピラミッドの階段部分に蛇が浮かびあがる。春分の日の午後5時に撮影。
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つづく(次回は12月14日公開予定)

多々良 穣(たたら ゆたか)

1967年、宮城県生まれ。東北学院榴ケ岡高等学校教諭。マヤ文明研究者。ペンシルベニア大学への国費交換留学を経て、94年、金沢大学大学院文学研究科史学専攻修了。95年より現職。現在は金沢大学による「ティカル国立公園北のアクロポリスプロジェクト」にも参加している。主な著書に『ようこそマヤ文明へ~マヤ文明へのやさしいアプローチ~』(文芸社)『マヤとインカ―王権の成立と展開』(同成社、分担執筆)、『文明の考古学』(海鳥社、分担執筆)がある。

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