王を葬り、神々と交信する

 古代マヤ人は、世界が天界・地上界・地下界に分かれていると考えていた。そして、地下界は「あの世」としてとらえられ、9層に分かれていると信じていた。したがって、「9」という数字は、彼らにとって「地下=死」を示すものだったのだ。ティカルの1号神殿をはじめ、パレンケの碑文の神殿や、チチェンイツァのククルカン(蛇の神)の神殿も、9層からなるピラミッドである。そして、これらのピラミッドからは王墓が発見されている。このことは、王の死を「あの世」を意味する9層のピラミッドと重ね合わせたことを示している。

ティカル遺跡の1号神殿。マヤ文明では「あの世」が9層に分かれていると信じられており、その象徴として9層のピラミッドが作られた。
(写真クリックで拡大)

 一方で、ピラミッドは山をかたどったもので、人工的な山を象徴したものだとする考えもある。エジプトのピラミッドと同じように、天高く近づける場所が神聖だという意識が強かったのだろう。山には洞窟が多く見られるが、洞窟は神々が住み、「あの世」に行くことのできる唯一の道だと信仰されていた。ピラミッドの頂上にある神殿の入口を山の洞窟に見立てて、洞窟の中にいる神々と交信したとも考えられるのだ。事実、古典期後期(600~900/1000年)には、神殿の入口を山の怪物の口として表現した神殿も多く現れる。つまりピラミッドは、王を葬り、神々と交信するモニュメントとして建設された可能性が高い。

この連載の前回の
記事を見る

この連載の次の
記事を見る